COLUMN|世界の距離をはかって。Vol.3
2018.10.31

「物語への扉を押して」 

外国文学を読むのが、とても苦手だった。
読書そのもの、特に日本の文学は、コンテンポラリーから古典まで大好きなんだけど。外国語の訳が、なかなか自分の感覚に合うものが少ない、というのも大きいと思う。

自分と同じ母語を持つ人間の感情や文化しか理解できない、ということでは、もちろんない。自分の感覚にあった良い訳だと、すらすらと読めて、心にすっと入ってくる時もある。
このことは小説だけでなく、映画にも概ね同じことが言える。「これって、外国で生まれた物語を、私の母語である日本語に変換するときに生まれる摩擦のような『何か』と私の相性の問題なんだろうか?」とずっと思っていた。

そんな私と外国文学との間に立ちはだかっていた壁を、すっと取り壊してくれたのが、文学者の西野由希子先生だった。

西野先生との出会いは1年半前だろうか。人に誘われて西野先生の読書会に参加したのがきっかけだった。西野先生は茨城大学の人文社会科学部の教授で、ご専門は中国文学だ。大学や美術館やカフェなど、公共の場で誰でも参加できる読書会を長年続けていらっしゃる。
先生の読書会は、まず参加者が事前に、決められた課題の物語を読んでくることからはじまる。先生は洋の東西や、書かれた年代を問わずに課題の本を選ぶ。海外文学が多いが、時には日本の小説がテーマになることもある。
当日は先生の講義とともに、参加者が自由に本についての感想を語り合うというスタイルだ。(先生は読んでくることに強制はしないのだが、できれば読んできた方が断然面白い、と経験者の私は思う!)

その時は「ガリバー旅行記」が課題だった。子供の頃からなんとなく知っているイメージもあって、これまでちゃんと読んでみたいと思ったことは一度もなかった本だ。「でも外国文学への苦手を克服するヒントが、もしかしたらあるかもしれない」と思って参加を決めたのを覚えている。

ワークショップを受けてみて面白かったのは、みんなで本の内容を話し合うと、一人で読んでいた時には気付かぬことが、他の人の視点から導き出される、ということだった。読書とは頭の中で行われる個人的な体験だと、ずっと思い込んでいたけれど、自分とは違う他者の考えが、しかも目の前で現実の言葉として発せられると、難解だと思っていたことも、すっと理解できる瞬間がある。海外文学の訳との相性の悪さを軽々と超える、それは不思議な体験だった。
それはもちろん、私たちが気づかないうちに、西野先生が参加者の思考をうまく整理しながらディスカッションの舵取りしてくれていることも多分にあるのだけど。

それから一年、いつか西野先生となにか一緒に企画したいなあ、と思っていたのだが、今年やっとその機会が巡ってきた。
自分がアートディレクターとして、ある展覧会を監修することになったのである。11月17日から日立シビックセンター・科学館で始まる「サイエンス×アート テクノロジーのかたち」という展覧会だ。茨城大学工学部の教員たちの研究をもとに、科学と技術を使って体験型の作品を展示する展覧会である。

アーティストの私が、科学技術をテーマにした展示をディレクションするからには、体験型のメディアアート作品を展示するだけではなく、科学と芸術の関係性を深めるワークショップも企画したい、展示作品の理解を深めるためにも、なにか面白いことができないかと思案していた。
すると夏のある日、8月に西野先生が読書会をするという情報が入ってきた。なんと課題はSF小説の名作、ハインラインの『夏への扉』! SF、科学、文学、そして「扉」という言葉の響き……。私が今、やりたいことに全部ぴったりじゃないか!

西野先生に早速連絡を取ると、実は先生はSF小説やSF映画が大好きで、これまでも、なんどか読書会で採りあげているのだという。「11月の展覧会でも、SF小説をテーマに読書会をやっていただけませんか」とお願いすると、先生はすぐに快諾してくれた。

さて真夏に開かれた『夏への扉』の読書会。この日は先生の読書会の常連であるSF小説が大好きな人たちでいっぱいだった。そして参加者たちはハインラインの物語に描かれていた1956年当時における、未来への予感を熱く語っていた。冷凍睡眠とタイムトラベルを扱ったこの物語は、当時よくこんなことを考えついたよね、と言いたくなる、未来を予言するような部分もたくさんある。
西野先生は「SF小説の中の未来の科学が、それを現実にしてきたところもある。SF小説があったことで、それに追いつこうと実際の科学が進歩してきた部分もあるんですよ」と教えてくれた。科学と文学の興味深い関係性である。

そして先生はもう一つ、心に残る話をしてくれた。全ての創作は必ず仮説であって、違う仮説の足し方で創作のジャンルを変えていくことができる、作家によってまだまだいろんな作り方が出来る、言いたいことが言える——そうやって、科学小説という分野が発展してきたのだ、というようなことを仰っていたのだった。
それを聞きながら、私はふと、これはほかのすべてのジャンルの芸術に通じることではないか、と思った。私たちアーティストは、常に作品のネタ切れを恐れている。それを考えると人生は暗くて長いトンネルのようだと、思うこともある。でも先生の言葉は「どんな分野でも、芸術にはまだまだやれることがたくさんある」と私に気づかせてくれたように思う。これは読書会での、私にとって、もう一つの新しい扉だった。



さて来月から始まる「サイエンス×アート テクノロジーのかたち」では、11/25(日)の15時から、日立シビックセンター1階のレストランにて、西野由希子先生のブックカフェ『2001年宇宙の旅』の読書会を行います。
西野先生が塾考の上、やっぱりこの展覧会には、これがいい! と言って決まった今回の課題図書、アーサー・C・クラークの『2001年宇宙の旅』。キューブリック監督とクラークがともに作り上げ、映画と小説になったこの物語のことは、みなさん、きっとタイトルだけでもご存じのことでしょう。
外国文学が好きな人、SF小説が好きな人、そして映画『2001年宇宙の旅』のファンはもちろん、私のように外国文学や外国映画は苦手という人も、どうぞ、来てみてください。もちろん私も参加します。みんなで物語について語り合うことで、それぞれにとってまた新しい発見があるはず。
ぜひ外国文学への扉をノックしてみてください。

茨城県北芸術祭フォローアップ事業
サイエンス×アート テクノロジーのかたち


2018年11月17日(土)~2019年1月6日(日)
10:00~22:00(科学館の展示は18:00まで、入場は17:00まで)
日立シビックセンター科学館および1Fアトリウム
(茨城県日立市幸町1-21-1)
休館日:11/26(金)、12/28(金)~1/4(金)
料金:無料(科学館のみ別途入館料が必要 大人520円、小中学生320円、幼児無料)
公式facebookページ http://www.facebook.com/hitachi.sience.art/
展示・ワークショップの詳細はコチラ

 

松本 美枝子
写真家。1974年茨城県生まれ。2005年写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)で平間至写真賞受賞。生と死や、日常をテーマに写真とテキストにより作品を発表。
主な個展に、The Second Stage at GG #46松本美枝子写真展「ここがどこだか、知っている。」(2017年ガーディアン・ガーデン)、「クリテリオム68 松本美枝子」(2006年水戸芸術館)。その他「原点を、永遠に。」(2014年東京都写真美術館)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」、2016年茨城県北芸術祭、2017年Saga Dish & Craft、「Reborn-Art Festival 2017」などに参加。
写真詩集に『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)。
photo:豊島 望