COLUMN|世界の距離をはかって。Vol.0
2018.04.05

 地図を見るのが好きだ。子供の頃から、地図を見て川や湖、山の名前を覚えるのが大好きだった。そしてそこがどんな場所なのかを、空想するのが楽しかった。

 地図を見るのは、私の仕事の一部でもある。

 私の仕事は二つあって、写真を撮ること、そして文章を書くことだ。どちらの仕事もほとんどの場合、まず「ここではないどこか」に出かけないと、成り立たない。  

 どこに行って何を撮るか? どんなことを書くか? そんな制作前の準備作業に、地図は必須アイテムなのだ。水戸からそこまで、どれくらい距離があるのか? どうやっていけばいいか? そして、その土地には、いったい何があるのか? 

 時には1ヶ月くらい、知らない町で滞在制作することもある。そんな時はまず、その町で一番大きな本屋さんに行く。そしてその土地のさらに詳しい地図を買うのだ。アイディアが生まれなくて不安な時は、買ったばかりの大きな地図を宿の壁に貼って、じっくりと眺める。そうしていると不意に、制作のとっかかりが見つかることがあるから不思議だ。地図はまだ見ぬ場所について、いろんな情報を私に与えてくれる。

 さて写真撮影と文筆の他に、私には写真を教えたり、ワークショップをする、という仕事もある。

 例えディレクターがいたとしても、撮影にしろ文筆にしろ、作品制作は、基本的にはとても孤独な作業だ。でも授業やワークショップは、ちょっと違う。写真をもっと深く知りたい人たちと、写真にまつわるあれこれを、一緒に考えるのだ。

 「教える」というのは表向きで、むしろ学生や参加者から気づかされることの方が多い。カメラを通して世界を見つめる目線は、一人一人が違う。丁寧に近くを見る人もいれば、ずっと先にあるものを考えている人もいる。その差異の豊かさに、私はいつもどきりとさせられるし、自分が次に作るべきことのヒントが隠されているような気がするのだ。

 私は水戸芸術館の「高校生ウィーク」という教育普及プログラムの中で、毎年ワークショップをやらせてもらっている。10年目となる今年は地図とGoogle earthを使って、まず身近な場所の地形や地勢をリサーチし、改めて撮影する「地形と写真」というプロジェクトを行った。みんなにも地図を使ったリサーチを体験してほしいな、というのが企画のきっかけだった。

 今年初めて参加してくれた大竹雅俊さんは、東京に事務所を構えるアートディレクターだ。見たこともないような、かっこいいメガネをかけていて、絶対にデザイン関係の人だよな……と思っていたら、やっぱりそうだった。なんと数年前から東京での私の展覧会を幾つか見てくれて、わざわざ水戸でのワークショップに参加してくれたらしい。ありがたい限りである。

 さらに話を聞くと、大竹さんは10歳まで水戸で暮らしていたそうで、しかもこれから水戸にサテライトオフィスを作るのだという。それもあって時折、水戸の実家に帰省していた大竹さんは、帰るたびに街がどんどん変わっていくのが気になっていたそうだ。特に震災以降は、多くの建物が取り壊されて、駐車場や更地になっている。「そのなかでポツポツと新興の大型ビルやマンションが建っている様が不気味に思えた。昔見ていた印象のなかの街の高さと、今見える間の空いた街の高さとの「差」を写真で撮ってみたい。そう思いファインダーを覗くと、さらに昔の水戸という土地自体の高さも見えてきた」という大竹さん。

 水戸に住んでいたら毎日の中に埋もれてしまう事象かもしれない。気づいても、個人ではどうしようもない、と思ってしまうことかもしれない。

 でも大竹さんが撮影した地形は、故郷であるこの街でこれから仕事しようと思っている人の目線ならではの、街の問題点を突いた鋭い写真だな、と思ったのだった。そしてそれは逆に、希望になる可能性も秘めているかもしれない風景なのだ。

 大竹さんだけでなく参加者一人一人が、地形に託した街の印象や、記憶を辿って再発見した地形のありようなど、美しく、そして考えさせられる写真を撮ってきてくれた。

 これらの作品は1本の映像にまとめ、地図とテキストと共に、48日まで水戸芸術館の「高校生ウィーク会場になっているワークショップ室展示している。ぜひ見に行ってみてください。

 今年は他にも嬉しい再会や、思いもかけない、すてきなおくりものに恵まれたワークショップだった。それはきっと、すべて「写真」の力の賜物なんだと思う。

 これからこのコラムで、そんな写真の力を通して、私と水戸、そして水戸に住む、あるいは水戸へ訪れるみなさんとの距離を測っていこうと思います。こどもの白地図に、たくさんの色で山や川が書き込まれるように、このコラムで水戸へのさまざまな視点が増えていったら、面白いだろう。ぐっと一歩踏み込んだり、時にははるか遠くから水戸を眺めたりしながら。少しずつ。

 だって写真は「距離感の芸術」だから。私とこの世界との距離を写しだすもの、それが「写真」なのだ。

 

松本 美枝子
写真家。1974年茨城県生まれ。2005年写真集『生あたたかい言葉で』(新風舎)で平間至写真賞受賞。生と死や、日常をテーマに写真とテキストにより作品を発表。
主な個展に、The Second Stage at GG #46松本美枝子写真展「ここがどこだか、知っている。」(2017年ガーディアン・ガーデン)、「クリテリオム68 松本美枝子」(2006年水戸芸術館)。その他「原点を、永遠に。」(2014年東京都写真美術館)、2014年中房総国際芸術祭「いちはら×アートミックス」、2016年茨城県北芸術祭、2017年Saga Dish & Craft、「Reborn-Art Festival 2017」などに参加。
写真詩集に『生きる』(共著・谷川俊太郎、ナナロク社)。
photo:豊島 望